今日の仕事はおしまい、家の布団の中ですこんにちは。
さて、仕事終わり間近という時、唐突に慶次と半兵衛の話をひとつ思い付きまして。
いえ、もう持病なんですけどね。
では、今宵も夢のまた夢まで。
紫陽花【鬱慶半】
舞台は半兵衛と秀吉が死んだ後の世、徳川の時代が来ると思いきや、あまりに個性の強すぎる人外どもを統治することなど不可能であった。
殺そうとすれば返り討ちに逢い、毒を盛ろうとしても見抜かれ、太陽熱で焼こうとしても逆に人体発火で焼き殺される。
武器を狩ろうにも譲りやしねえしひとつ盗ってもまたひとつ、ふたつ盗ればまたふたつ、次から次から涌き出すオメガに徳川はすっかり困ってしまった。
自分の世なのに誰も言うことを聞きやしない。初めは戦をしない代わりに自由を尊重するという約束のもとに統一された国々だったが、今や世界に手を伸ばそうとする徳川にとって言うことを聞かない連中は少々問題だった。
国内で戦はしてほしくない…が、他国とは戦をしてもらわねば困る。それも自分を筆頭とし、従ってもらわねば。
時代はそんな、陰謀蠢き火種燻る、終わりの見えぬ戦国時代。
前田慶次は以前よりずっと平和になり戦もなくなった世をぶらぶらと生きていた。
思えば喪失だけの人生であった。
両親、初恋の人、旧友…そして今尚死を受け入れられずにいる旧友と、最後まで密かにしまいこんでいた想い人。
誰の亡骸も抱くことなく、その資格すら自分にはなかったのだと思い知る。
秀吉の首を家康が掲げるのを見た時、自分の身体の主軸が逆になるのを感じた。
気が付けば薄暗い寂れた神社の片隅で半日以上も吐き続けていたらしい、利に背負われ帰宅したらしいが何も覚えていなかった。
死ぬなんて考えたこともなかった。
…謙信のところに落ち着くつもりであったのだが、彼もまた体調を崩しており面会は憚られた、ついには彼の想う忍に頭まで下げられ「お前の来る場所ではない」と言われてしまった。
そりゃあ、そうだと、綺麗に整えられた土の道を歩く。石ひとつ落ちていない。
石がなければ人が躓いて転ぶこともないが、足の縺れる自分には、ただの平坦な土の上すらまるで沼を歩くようにしか進めぬらしい。
どろりと歪み溶け出す様は汚い血の滞りに似て、ああ自らの身体の中にも同じ色が流れているから、このように地に足がつかぬのだと笑ったところで倒れる。
道行く人はほとんどが知った顔ばかり。向こうも俺を知っていて、慶ちゃん慶ちゃんと血相を変えて駆けよってくるのが見える。
やめてくれ、構わないでくれ、どうせ消えてしまうのならば最初から縁などもたないでくれ。
「二日酔いで間違えて僕の寝室に来てそのまま寝たって言うのかい?」
泥酔すると本性が隠しにくくなる。
だから普段は深酒を控えているのだけれど(とはいえ多少の量では酔わないが)昨晩は致し方なかった、なにせ珍しく半兵衛が付き合ってくれたからである。
一番本性を隠さなければいけない相手だというのに酩酊してしまったのは、思いの外強い酒であったことと、それに気が付かないほど気分が高揚していた所為であることは確か。
秀吉とねねに呆れられながら、ぐらつく視界に、重い瞼を擦っていたのは覚えている。
「何も覚えてないんだね?」
「う、うん…何にも…」
ちょっとした嘘だった、本当は飛びかけた理性が、不可抗力なのだから膝に倒れてしまえと言うのを聞いている。
それから思ったよりも暖かく、最高の高さだった感触も。
彼に覆い被さるようにしている自分の真下で、半兵衛がため息をついた。
こんなに近くに寄ったことも、寄れる訳もない。
互いの息がかかる位置に彼は決して人を近づけないのだと、以前秀吉から聞いていた。
病気のせいだったということに気がついたのは本当にずっと後のことだったけれど。
その距離を、今だけ、この瞬間だけ、そして俺だけに許されている。
無償に抱き締めたい欲求に駆られた、抱き締めて口付けを交わしてしまいたい。
まだ告白も逢瀬もしていないけど半兵衛を手にいれるための好機は今しかない気がする。
そんなことを思っていたら、いつまでも退かない俺に業を煮やしたのか指先で頬をつねりあげて来た。
正直死ぬほど痛かった。
悲鳴をあげる俺に対して半兵衛は始終無言で、どこか俯いて憂いているようにも見える。
「…半兵衛?」
「さっさとどきたまえ、二日酔いなら寝ていて構わないから」
なぜそんな寂しそうな顔をするのだろう。
なんとなく、退かない訳にもいかなくなり身体をずらして隣に倒れこむと、彼の瞳がこちらを向いた。
相変わらず綺麗だなぁ…。
気が強そうで、意志のある目。だけど目の奥の表情はいつも優しさを称え、憂いと戸惑いで揺らいで見える。
いつかきっと、すべてと混ざりあう素敵な笑みや幸せも写してやろうと何度思ったことか。
「半兵衛…」
好きだと言いかけて、そこから先が続かなくなる。
そうだ、彼はもう死んだのだ。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
続く。
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